村から10キロほど離れたところにある廃墟。
エア・カーが飛び交いオートマチックパトカーが治安を守っていた大きな町だったが、
機械の反乱により一週間もたたぬうちにゴーストタウンと化した。
街に人間の存在を完全に抹消したことを確認した機械はどこかへと去っていき、
今では廃ビル等を縄張りとした野生動物がいるだけである。
三日前までは。


「死後3日経過。脳波完全停止、左腕部、左眼球損失。全身複雑骨折。おまけに岩の破片が心臓に刺さって使い物にならないときてる。」
廃墟の町の病院で男がブツブツ呟きながら人間の死体をいじくっている。
ヨレヨレで薄汚れた白衣、伸びっぱなしで手入れもされていないフケだらけの髪。
屋内に篭りきりである事を思わせる青白い肌と細身の身体。
それに加えて死体をいじると言う行為。
「マッドサイエンティスト」と言う単語がピタリとそのまま当てはまる男であった。

「それにしても幸運だ。首都に行くことを考えれば護衛はアーノルドだけでは危ないかもしれないしな。」
これは独り言である。今この部屋には死体とこの男しかいない。
男はほかにもいろいろなことをブツブツ呟きながら死体に何かを取り付けている。
男は死体の心臓を切り取り、代わりに何かエンジンらしきものを死体に埋め込み縫合、設置を始めた。
同様に左腕にも鋼鉄製の義手を、左目にも義眼を取り付けた。
この作業を男は一人で、しかもリモコンの電池でも取り替えるかのように簡単に、且つ素早くやってのけた。
すべての工程が終わり男は心臓部にコードを差し込みまた独り言を言い出した。
「人工心臓、アームパーツ、サーチアイ装着完了。蘇生開始。」

死体は、否、死体だったものは再び目を開き、自分をよみがえらせた男の不敵な笑みを見た。
「やあ、気分はどうかね?」
それが蘇った男の、ジョージの最初に聞いた声だった。

「……」
身体を起こしたジョージは虚ろな目で目の前の男を見ていた。
「どうかね?蘇った感想は。」
「……」
「君は実に運がいい。身体が腐る寸前に私に発見されたのだから。身体のあちこちにたかり始めていたハエを追い払い君の中身が露出したおかげで放つ血のにおいにつられた獣たちを追い払いさらに急な勾配の坂を…」
「…ここはどこだ?」
男の長くなりそうな苦労話をさえぎりジョージは尋ねた。男は話を遮られた事に肩をすくめたが、気に障ったようではなかった。
「ここかい?ここはあの山からだいぶ離れたところにある廃墟さ。ここでしか君の部品は作れなかったからね」
「部品?」
男はへらへら笑いながらジョージを小馬鹿にするように言った。
「おやおや、君は自分が死ぬ前のことを覚えてないのかい?君の左腕と左目と心臓はグッチャグチャのミンチになっていたのさ。」
その言葉を聞くや否や、ジョージは自分の身体を手術室にあった鏡で見た。
左腕が鋼鉄製の義手である事以外は見た目に変な所は無い。
しかし、ジョージは身体に変な例えようのない違和感を感じていた。
「心臓も無くなったと言っていたな。じゃあ何で俺は生きている?」
「人工心臓だよ。だいぶ世の中滅茶苦茶になっても人間の技術は残ってるのさ。その気になればクローン人間や機械と生命の合いの子だって簡単に造れる。ま、人間は「その気」にはならなかったけどね」
「…最後の質問だ。何で俺を蘇らせた。」
男はヘラヘラ笑いを止め、不敵な笑みを受かべた。この笑みは男の風貌とやたらマッチしていた。
「この世界の支配者「ワールド」を破壊するのさ。そのための仲間が欲しかったんだ。」
笑いながらではあるが、ジョークには聞こえない。
「蘇らせて貰っといてなんだが俺はただのきこりだ。ハンターの真似事なんぞできん。」
「君はわかってないね。何で義手を鋼鉄製にしたと思うね?今の君は身体は人間だが中身は機械を素手で鉄屑にする力を備えてるんだよ。」
「この義手だけでか?」
「義手だけだと思うか?」
「どういうことだ?」
「仮にも機械の親玉をつぶそうと言うのだ。君の筋肉は強化され、並みのハンターより強くタフになったのさ。もっとも君の筋肉は元々人並み外れていたから少し機敏になった程度だがね。」
「…他には?」
「安心しな。骨を強化カルシウムで折れた部分をくっつけただけで後は手を加えてないよ」
「…俺がお前に手を貸すことを前提に話を進めているようだが、俺は協力するとは言ってないぞ。」
男はその一言を予想していたようだった。芝居がかった動作でささやいた。
「いや、残念だが君は私と共に行かなければならないのだよ。」
ジョージは怪訝な顔をしてたずねた。
「なぜ?」
「さっきも言ったが君の心臓は人工心臓だ。しかもこの町の廃墟のジャンク品で作られた。そんな心臓が永久的に作動すると思っているのかい?」
「……」
「おまけに人工心臓を作れる技師は世界に何人いるかわからない。もしかしたら作れるのは私だけかもしれない。そんな私がもし旅先で命を落としたらどうなるかな?」
「……取引と言うことか。」
男は会心の笑みを浮かべた。
「そういうことだ。「ワールド」のいる都では「ワールド」支配下の医療器具製作工場やちゃんとしたパーツが山ほどある。」
「「ワールド」を壊せばそこで造れる。ということか。」
「どうかね?手を貸してくれないかね?」
ジョージは2,3秒間を置いて答えた。
「破壊後完全な人工心臓。そして俺を自由にすることが条件だ」
「ついでに旅費の面倒は見てやろう」
ジョージも右手を出した。
「ジョージ・イーストウッドだ」
男も右手を出し、ガッチリと握手をした。
「フィリップ・フォードだ」
それがこの男の名前だった。

フィリップ達は首都へ行く前にジョージの希望で村の鉱山を訪れていた。
理由は鉱山の機会を一掃するためである。
フィリップは「機能のテストも兼ねて」と言うことで承諾してくれた。
「なんなら私の護衛をサポートにつけるが?」
といい、男を連れてきた。
この男もジョージに負けず背が高いが、ジョージに比べると体格が少し細めだった。
しかし、体格以前に男はどこか異質だった。
頭髪は無く、瞳も無い。まるでマネキンのようだった。
しかし、それよりも異質なのは身体の色である。服を着てある程度は隠しているものの、露出してる部分からは肌色ではなく灰色が覗いていた。
「彼にも改造を?」
ジョージは尋ねた。
「ああ、彼の場合君のように腕だけではなく全身だがね。」
「名前は?」
「アーノルドだ」
フィリップではなく本人が答えた。低く、渋い声だった。
ジョージはそれ以上尋ねなかった。この半ばロボットになってしまった男がどのような経緯でフィリップといるのか聞くのはこの男の辛い過去をほじくり帰してしまいそうだったからだ。
結局ジョージはアーノルドの手助けを断ることにした。妻の安全を、息子の復讐を己の手で成し遂げたかったからだ。
「待てジョージ。これも持って行け」
そう言ってフィリップは斧と一丁の拳銃をジョージに手渡した。
斧は柄の部分も鉄で作られていて、かなりの重量だったが、ジョージはさほど問題ないように軽々と振り回して見せた。
そして拳銃だが、それは拳銃というには余りにも重い代物だった。
フェイファー・ツェリザカ。オーストリアのフェイファーアームズ社が開発した大型リボルバーである。
本体重量6キロ。ロケットランチャーと同等の重さを持つこの拳銃は人が撃てるという限界を超越してしまっている。
「拳銃は必要ないとは思うがね」
とフィリップは言ったが、実際その通りだった。

もはや鉱山の機械はジョージの敵ではなかった。猛スピードで突進し、斧で頭をカチ割り、左の義手で叩き潰し、機械を見るなり破壊していった。
機械を破壊しながらもジョージはもはや自分が人間ではなくなったことを自覚し、涙を流した。
涙が枯れ果てるころ、鉱山の機械は一つ残らず破壊された。

「いいのか?奥さんに会わなくて」
フィリップは尋ねた。
夜。3人は機械に支配されていない大型車に揺られていた。
「ああ、生きて帰って来れたらそのときに会うさ。」
「まあ、お前がそれでいいなら私は何も言わないがね。」
「目的地までどのくらいかかる?」
「このペースで行けば10日後くらいだな。それまで気楽に旅をしようや。」
と、フィリップは寝転び、眠り始めた。ジョージが蘇り、一日が終わろうとしている。
ジョージは星空を眺めていた。アーノルドは何も語らず黙々と運転をしている。
ジョージ、フィリップ、アーノルド。3人の旅は始まったばかりである。