男は山を駆け上っていた。片手に斧を携え、背中にショットガンを背負って。
男は獣道を走っていた。深い憎悪と殺意を抱いて。
男は草木の障害物をものともせずに進んでいた。両眼に怒りと悲しみの涙を湛えて。
男は足を止めた。憎悪の対象を睨みつけて。
それは人型の鉄の塊。右腕部は手の代わりに鋭い斧があり、そしてその斧と体には返り血がついていた。

西暦二千年後半。人類は完璧な自立二足歩行ロボットを完成させていた。
足場の悪い所、落盤の可能性のあるところや、発破を使う際。人型ロボットは目覚しい活躍をし、
事故による死亡率はかなり下がった。
死亡率が下がった後人類が求めたのは効率。
愚痴も言わず、疲れない。ロボットは正に最高の存在だった。
そしてその最高の存在が、今は最悪の存在になっている。
斧やチェーンソーを標準装備しているロボットは人間並みの速さや力を持っている。
しかも落盤対策のため体も頑丈な作りになっている。正に化け物である。

大きな山のふもとの村。山は良質の鉄や多くの材木が採れそこそこ栄えていた。
しかし機械が反乱を起こした現在は斧やチェーンソー、ドリルやピッケルなどを装備している機械が鉱山や森をうろつき、人を襲うようになった。
村は寂れはしたがなくなりはしなかった。機械は山の上の方を徘徊しているので、ふもとには降りてこないのだ。
村の人々は山のふもとの木を売りながら細々と生活をしていた。

ジョージ=イーストウッドは今年で32の男盛り。
グリズリーを思わせる巨体で、無駄な脂肪は一切なく、筋肉で盛り上がっている。
しかしぼんやりとした性格で、暇なときは空を見上げている事が多く、「またジョージが空に上ってるぜ」
とよく友人にからかわれていた。
22で一つ年下の女性と結婚し、結婚した翌年男児が生まれた。
父親に似て他の子供より大きくなったが、ぼんやりとした性格だけは遺伝しなかったようだ。
活発な腕白小僧に成長し、ガキ大将になった息子はあちこちに擦り傷や服を破いて帰ってくる。
どこにでもあるほほえましい家庭の風景。しかしそれは十年も続かなかった。
息子の誕生日前日。息子とその友達が大人の目を盗み山に登った。
夜になっても二人の姿は村に無く、村の男達は二手に分かれて山の捜索を始めた。
そして二人とも見つかった。村人達の最も望まぬ姿で。
ジョージは冷たくなった自分の息子をただ呆然と見下ろしていた。
その時ジョージはすでに精神のバランスはおかしくなっていたのだろう。
二人の遺体が埋葬された時も、ジョージは焦点の定まらぬ目でただ息子の墓を見ていた。
神父が祈りの言葉を終えようとしたとき、ジョージは叫んだ。その目からは大量の涙が溢れていた。
ジョージを落ち着かせようと友人が声をかける間もなくジョージは家へと走り出した。
そしてショットガンと弾丸数発、そして斧を持ち出し、友人の制止の声も聞かず再び山に戻っていった。

山の中腹の岩山付近。「崖注意」の看板付近にロボットはいた。
斧についた真新しい血痕が生々しかった。
ロボットもジョージを発見し、ジョージに向かって進み始めた。
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
獣のような咆哮を発しジョージは突っ込み、斧を振り下ろした。
ロボットはそれを受け流した。
がら空きになった背中めがけてロボットは切りつけたが、ジョージは体をひねり持っていた斧で弾き飛ばした。
ジョージはすぐに体勢を整え斧を真横に払う。ロボットはそれをガードしようとしたが、ジョージの膂力は凄まじかった。
ガードを弾き飛ばし開いた胴体へ斧を叩き込んだ。
バキッ!と何かが折れた音がした。
斧の柄が衝撃に耐えられなかったのだ。
ジョージは折れた柄を投げ捨て背中のショットガンに弾を込め至近距離で発射した。
一発、二発。ロボットの胴体にでかい穴が開いた。しかし、機能は停止しなかった。
ロボットは凄まじい速さで斧を振り下ろす。
斧はジョージの左肩から胸にかけてを切り裂いていた。
血がすごい勢いで噴き出す。
しかしジョージは意に介さず、弾丸を発射する。
三発。火花を散らしつつもロボットは斧を横に薙ぐ。
ロボットの一撃はジョージの心臓を捕らえた。
ジョージは膝をつき、顔からは血の気が失せていた。
それでもロボットは止めを刺そうと斧を振りかぶった時、ジョージは叫んだ。
その咆哮は無念の咆哮ではなく、己に喝を入れるための叫びであった。
ジョージは右腕を前に突き出した。
銃口とロボットの胴体が触れ合った。零距離射撃。
派手な音を立てロボットは後方へと吹っ飛んだ。
ジョージは最後の力を振り絞り、立ち上がった。
そして立ち上がろうとしているロボットに体当たりをぶちかました。
そしてロボット諸共ロボットの居た地点のさらに後ろ。崖へと落ちて行った。

ジョージは死ぬ寸前だった。
落ちた時の衝撃で体中の骨は折れ、左肩から先はなくなっていた。
そして左目は潰れ左半分は何も見えなくなっていた。
残った右目でスクラップと化したロボットを見届けた後、
「アンナ、ごめんよ…」
と、一言つぶやいた後、残った右目も閉じた。
それから一週間。
村人達はジョージの捜索を続けたが、ついにジョージの遺体は見つからなかった。