世界が機械に支配されていて、明日自分や自分の住処がどうなっているか解らなくても、穏やかな時間は存在する。
今日は快晴、文字通り雲ひとつなく青空が広がっている。
「今、首都がハンターで溢れてるって知ってるかい?いや、昔の首都ではなく今の首都だよ」
青空の下、一組のカップルが歩きながら世間話をしていた。
「ええ、今朝パン屋のおじさんが工場の人と話してた。何で急に首都にハンター達が集まり始めたのかしら」
「聞いた話によると、首都にいる元軍隊の指揮官が各地に招集をかけたらしいよ」
「…やっぱり戦争かしら」
「だろうね。たぶん今年中に、首都に攻め込むんだろう」
「まぁ、怖い」
「ハンター達がいくら機械を壊していっても壊した数以上に造られてるって聞くしね」
と、さわやかな晴れの日にカップルが話す内容ではないことを話していたら、向こうからライフルを背負った髪の長いハンターがやってきた。
黒髪で、線が細く、長身。服は埃や土で少し汚れてはいるが、不潔な感じはしない。
靴や上着の古さから察するに、相当長い旅をしてることが分かる。
そして何よりも印象的なのは、綺麗で整った顔と鋭い目だった。
そのハンターが通り過ぎるまで、2人はただ見とれていた。
通り過ぎて言った後、二人は時間が動き出したかのように会話を再開した。
「みた?さっきの人、綺麗な人だったね」
「うん。思わず見とれちゃった」
「いやぁ、それにしても美人だったなあ」
「その言い方だったら女みたいじゃないの。美形って行ったほうがいいわよ」
「へ?君、僕が見てたのと別の人を見てたのかい?僕が見てたのは長髪でライフルを背負った女の人だったよ」
「あら?私は長髪でライフルを背負った男の人を見てたんだけど、そんな女の人歩いてたかしら?」
「…」
「…」
二人が混乱しているのも知らず、そのハンターは町の出口へと歩みを進める。
そのハンターの、彼女の名前はレイ。
鷹のように鋭く、そして力強い目を持ったハンターである。


「この御時世、一人で町の外歩くのはバカか貧乏か、腕自慢しかいない。あんたは見たところバカそうな顔をしていない。貧乏か?」
「はい。恥ずかしながら」
町外れ、「ワールド」の支配前に作られたトラックの横でタバコを吸いながら「首都方面手前町行き」と書かれた看板を車にぶら下げていた顔半分が髭で覆われた小太りの男は町を出てそのまま歩いて隣町まで行こうとしたレイを見つけて、引き止めていた。
男の言うとおり、町の外を一人で旅をするのはかなりの無謀だ。機械に襲われる可能性もあるが、それ以上にあるのが旅人を襲う物盗りや、野生動物に襲われることだ。
別の町に行くなら乗り物を。徒歩で旅をするなら用心棒を含め大人数で。これが常識である。
しかし「ワールド」に支配される前の、まして大量の人を運搬できる乗り物はとても貴重だ。もちろん貴重な分だけ発見は難しい上、危険だ。
しかし、そのリスクに見合った利益は存分にある。このトラックもその持ち主もそのリスクに見合った利益を取り戻している最中で、運賃は平均の2割り増しだ。
もっとも、その平均もとても割高だが。
「悪いこと言わねえから町に戻りな。この先は明日到着予定の町まで宿泊施設が無ぇ。徒歩で、まして一人で行くのは死ぬようなもんだ」
と神妙な顔でレイに警告をした。
レイは、少し考えた後、男に言った。
「私を用心棒に雇いませんか?私はハンターです。銃の腕前には自信があります」
男は「やはりそう言い出すか」というような顔でレイを見た。
「悪いなお嬢さん。用心棒ならもう雇ってしまったよ。この前隣町を襲った大型機械を一人でぶっ壊した凄腕ハンターをな」
レイは引き下がらずに
「報酬はいりません。ただ次の町まで乗せてってくれたらそれでいいです」
二人が話をしていたらトラックの中から男の声が聞こえてきた。
「まあ、いいじゃないか。2人の方が心強いし、それに報酬も要らないと言ってるんだし乗せてやれよ」
声の主は男が雇ったハンターだった。
男は
「…報酬は本当に無しでいいんだな?」
と尋ねた。レイは口元にかすかな笑みを浮かべて頷いた。
それを見た男はニヤリと迫力のある笑みを浮かべ手を差し出した。
交渉は成立した。


「…首都に?」
ハンターはライフルの点検をしているレイに尋ねた。
「はい。今首都ではハンターを募っていると聞いて、結構実入りがいいから傭兵として入隊するつもりです。それに…」
「それに?」
「寝床と食べ物が支給されるって聞いたから」
「なるほど。貧乏人には夢のような話って訳か」
「はい」
レイは苦笑しながら答えた。ハンターはつられて苦笑しながら
「俺には分からんね。食い物と寝床のために世界一危険な場所で機械と闘うなんて。そこら辺の奴を狩って暮らしてた方が楽だし食い物に困ることもないしな」
「ええ。私もそう思います。わざわざ危険な場所に行かなくても暮らす分には問題ないと。でも…」
「でも?」
「自分がどこまでやれるのか、そしてどれだけ戦えるのか試してみたいんですよ」
ハンターは呆けた表情でレイを見つめた。
「お前さん、見かけによらず骨のある性格をしているな。最初顔を見たときはもっとクールな性格だと思ったんだが」
「はい。よく言われます」
「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。なんて名前だ?」
「レイ。レイ=ミフネです」
「珍しい姓だな。俺はジェイク。ジェイク=ウィリスだ」


レイがトラックに乗ってからだいぶ時間が経った。
乗客はそれぞれ眠ったり談笑したりと自由な時間を過ごしていた。
が、急に車のスピードが上がった。そして男が二人に叫ぶように言った。
「ロボットだ!それもかなりでかくて危険な!!」
ロボットは車だった。しかし、ただの車ではない。
タンクローリーだ。しかも10tクラスの。かすれた文字で「燃料」と書かれているのが分かる。
タイヤ部分は鉄製のシールドで覆われている。
しかもタンクローリーは意思を持っているかのように猛スピードでトラックを追いかけてくる。人間が乗っていないから可能な動きで。
「あんなものにぶつかって燃料に引火した日には骨すら残らねえ」
男は青ざめた顔でハンドルを切る。サイズが小さいぶん小回りは利くが、燃料が少ない上、メンテナンスが不十分なのでスピードが出ない。
「旦那達!はやいとこ何とかしてくれ!」
男はハンドルを切りながら叫ぶ。
「さて、どうしたものかな。」
ジェイクは銃を取り出しながらながらぼやいた。
「エンジンを狙撃しましょう」
「いや、俺の銃は特別製だ。威力が大きすぎるから車体を貫通してタンク部分まで貫通してしまう」
それを聞いてレイはニコリと笑った。
「私に任せてください」
そう言うなりレイはライフルに弾を込め構えた。

九九式長小銃。遥か昔日本で作られたライフルである。物資の不足などで戦時中評価は得られなかったが、かなりの命中精度を誇る銃で、2000年代のライフルにも負けない性能を持つものもある。
レイは深呼吸を2回繰り返し、意識をタンクローリーのみに向けた。
まばたきもせず、微動だにせず銃をタンクローリーに向け構えている。
トラックとタンクローリーの差がどんどん縮まってゆく。
その差がついに500メートルをきった瞬間。レイは目を見開き引き金を絞った。
弾はタンクに命中し弾丸一発分の穴が開いた。
外装部分に穴が開いただけでエンジンには何の影響も無い。
レイは間髪いれずに二発目を放った。
弾丸はタンクに命中した。が先ほどとは違い、タンクが煙を上げ始めた。
そして次の瞬間。タンクの車体が火を噴き出した。
レイが放った2発目の弾丸が吸先ほど作った穴を通り、エンジンを破壊したのだ。
ワンホールショット。銃で一度撃ったあとの穴をねらい、もう一度弾を撃つことである。
ジェイクは驚いた。500メートル以上も離れたところの穴を狙い、なおかつ通過させるなんて神業に等しい。
それをレイはやってのけたのだ。並の腕と集中力ではない。
タンクローリーが火を吐きながらも、まだ迫っている。エンジンは死んだが、慣性で動いているのだ。
ジェイクは銃を構え、左右の前輪に向けて弾丸を撃ち込んだ。
弾丸はシールドを簡単に貫通し、タイヤを破壊した。
途端にバランスを崩し、タンクローリーはでかい音を立てて横転した。
トラックが安全圏に非難した瞬間、タンクは炎に包まれ大爆発を起こした。


「いやー助かったよ。本当にありがとうな」
目的地に着いたのはその翌日の昼過ぎだった。男はジェイクとレイに2度目の礼を言った。
さすがに命を助けてもらって報酬なしと言うのは気が引けたらしく、男はレイにわずかばかりの報酬を渡した。本当にわずかばかりだったが。
「それで、この後お前はどうやって首都に行くんだ?」
ジェイクはレイに尋ねた。
「ここから首都まではそんなに遠くないし、途中で宿泊施設もあるらしいから歩いていくことにしました」
この御時世、一人で町の外歩くのはバカか貧乏か、腕自慢しかいない。レイは腕自慢の部類に入っているのをジェイクは知っているので止めはしなかった。
ジェイクはまだトラックの用心棒の仕事が残っている。
「まあ、死なない程度に頑張りな」
「はい。自分の力を試してきます」
それが別れの台詞だった。が、この二人はまた後に再会するのだがそれはまだ後のお話。
ライフルを背負った鷹の目を持つハンターは荒野へと姿を消していった。